ただのなにか

某私立大学(生体工学研究室)→通信系研究所→某Web会社(今ココ)思ったことを徒然に書いていこう。

3度目の転職活動

自分の人生こんなに転職するとは思わなかった。

前回転職してから1年しか経っていないが カルチャーのアンマッチからのもやもや、結果的に体を壊してしまったのではやむなし。 戻っても同じことが起きることが目に見えるので環境を変えるしかない。

今回は、キャリアアップとかは求めず 私ができることとやりたいことは大事だが カルチャーと価値観を最も重視して転職活動してみた。

また、エージェント経由とかであると結局いい話しか出てこないということもあるので 内部に人がいるところにリファラルで進めることで2つだけ進めた。

結果的に2つとも良い返事で 2つとも内部の情報をたくさん集めたり、提供してもらいながら アンマッチのリスクを下げることを意識したので心の奥底から どっちも働きたいという気持ちがありましたが 結局体は一つなのでどちらか選ばないといけない。

色々、会社を決める基準を考えていたが 大体両方とも満たしており 最終的にはリスクを下げるという観点が大きく出てきてしまったが

1年ぶりに元いた会社だったところに行くことにする。

選考に関わった方々に対して感謝しても仕切れない。

人生ほんと色々あるなぁ

体調崩した記録メモ

超久々の更新

1年前に、所属企業が事業整理にあってそれを機に人材系大企業に テクニカルプロダクトマネージャーとして転職した。

入ってから知ったのだがそこそこランクが高い採用だったようだ。 そこからきっとマネージャーも扱いに困ったのだろう、3ヶ月ほどあまり仕事もなく いろんな人とおしゃべりなどして過ごした。

正直な話、入社して3日でこの会社は生理的に合わないという直感があったが・・・ 感覚的な話なので一旦は慣れようとした。

おしゃべりなどを通して大企業ならではの問題は多くあった。 またこれまで長くWeb系にいたのでそれらがどれも取るに足らない問題のように感じてしまった。 特に問題があったのは企画チームと開発チームがマネージャーレベルで断絶していた。 また全体的に業務委託の割合が多くシステムや仕様を把握している社員はいなかった。 しかし事業の進展に合わせてシステムの発展が追いつかない状況で障害も多発しており現場は非常に殺伐としていた。

4ヶ月たったある時に運用系のチームリーダーを拝命した。 元々運用系チームなんて存在しないことからチームの立ち上げからやる必要があった。 さらに、運用なので開発メンバとの協業が必要である・・・しかしマネジメントレイヤでそれらは協議されていなかった。 開発マネージャーとは非常に険悪だったこともある。

そこから、チームの目的や業務役割などを調整しながらチームメンバーの増強なども進めていった。 中身は順調ではないが少しづつ進めていた。 仕事はそれなりに大変であるが、学ぶべきことも大いにある信じて進めていたがある時からとても進めにくくなった。 それは企業独特の文化と開発チームとの組織レベルでの認識齟齬がある。 詳しくは割愛するが、そこから少しづつ体調に変化があった。

  1. 皮膚がとても弱くなった  常にFitbitを身につけているがこの時から腕が荒れ出し時々出血もし始めた。

  2. 感染症に罹りやすくなった  風邪なんてしばらくひかない健康体であったが、毎月風邪をひいた  子供が保育園にいった風邪に罹りやすい環境であったとしても明らかにおかしかった

  3. 常に腹の調子がおかしい  最初は長期休暇に入ると水便が出る程度だったが、段々と常に下痢が出るようになった

このあたりはまだちょっと調子がおかしいかなというレベルであったが 入社して7-8ヶ月になると

  1. 夜に寝付けないことが増えた  元々どこででも寝られる体質だったが、寝られないことが増えた。  最終的には朝まで寝られない日の割合が増えていった

  2. 大事なことが思い出せない  一緒に働いている同僚の名前が思い出せない時は流石にやばいと思った

  3. 頭が回らない  チームメンバーはまだジュニアが多いので指示ベースのタスクをこなすことが多かった  大して難しくないタスクの指示を出すのに考えが回らないことが度々あった

このあたりで流石に妻にも「最近、ちょっと注意不足なことが増えてきて体調が心配。」 ということでどのくらい寝てないか考えたら最近2日起きて1日寝るみたいな日を過ごしていることもあったので 脳神経外科に不眠ということで受診した。 そこで一通りの診察をしてそこから強く心療内科のを受診を進められ翌週に受診した。 情緒的な症状はほとんど無かったことは幸運でした

そこから医師には休養が強く必要とのことで仕事をセーブして休養に入ることにした。 休みながらしばらくして色々見直して

今は、当時の無謀な働き方や柔軟性の無い思考などは原因ではあるが やはり入社して直感で感じたカルチャーのアンマッチをそのまま放置していたのは問題だった。 カルチャーアンマッチは自分が変わるしか無いがどうやら変わることができないし このカルチャーは自分の中では馴染みたくないカルチャーということもあり 1年という短い期間であったが退職することにした。

退職を決断してからの体調の回復は早かった。 今ではほとんど症状はない、時々寝られなかった時を思い出して寝るのが怖いことがあるぐらい それもこれから克服していかないといけないなと思った。

自分も30半ばで若いとは言えない歳となった 体調を見ながら家族との時間や人生の充実を考えてこれからを過ごしたい気持ちを新たにした

2019年と2020年

雑なタイトルです。
2019年にあったことは

  • 娘が生まれました
  • チームが解散しました
  • 自分がPMしたProductが世に出ます
  • 企画チームから開発チームにジョブチェンジしました
  • でもPM/PdM業は変わりません

プライベートではそこそこ楽しかったです。
娘が生まれててんやわんやしながら。
2020からは娘も外に出られるようになるのでもっといろんな経験をしていきたいと思います。

仕事では、元々持っていたプロダクトチームが解散しました。
別のプロダクトでエンジニア兼PM/PdMできる人を探しているProjectがあったのでそっちにいきました。
なんだかんだ言って楽しいです。
エンジニアチームの政治的なことをゴニョゴニョしていることが多いです。
新卒から政治的なことばかりしているのでできるのですが・・・そして政治的活動が苦手な人が多い中それをしなければチームを維持できないのでそういう仕事もしております。
プロジェクト管理や判断はできるが手が動かないのがもどかしいです。
2020年はちゃんと手も動くようにしたいです。

2020年にしたいこと (プライベート)

  • お家をかう
  • キャンプにいく
  • スノボにいく
  • 年末にハワイにいく
  • 娘を可愛がる
  • 妻と仲良くする

お仕事/キャリア

  • 仕事に関係する知識を習得して使えるようにする(GO/Ansible/k8s)
  • 英語でコミュニケーション取れるようにする
  • 痩せる(-10kg)
  • プライベートプロジェクトで何かしら世に出す

健康と家族を大事に2020年も頑張っていこう!

娘が産まれたよ

本文そのままだけど娘が産まれたよ
結婚して4年目、転職して半年です。

これまで色々あったけど、娘を見ると本当に可愛いと思える。

そして、娘を産んでくれた妻にも感謝仕切れない。
というのもいわゆる難産だったのです。

出産予定日を過ぎても出てくる様子もなく
お腹の子も大きくなりつつあった。

そこで、陣痛促進剤を打つことになりすぐに破水
しかし戦いはそこからだった。

陣痛はだんだん大きくなり耐えるのも大変になってきてはいたが
赤ちゃんの通り道が開かない。
そんなこんなで1日目は終了。 すでに破水しているので翌日には誕生していなければならない。
ここからタイムアタックが始まる。

2日目も陣痛促進剤をうち自然分娩を目指す。
その日は、休日だったこともあり面会可能時間に入り
妻を見守った。昼過ぎから明らかに陣痛がきつくなっている。
正直見ている方も辛かった。
でも、そんなことなんて言ってられないぐらい妻は辛そうだった。
その中男ができることは少しでも楽にしてもらうことだけ。
タイミングを見計らって痛いところをおしたりする。

時々、赤ちゃんの通り道を確認するがまだまだ解放されていない。
1時半ごろ主治医と相談し3時までに産道が確保できなければ緊急帝王切開にするということになった。

その3時までの間は非常に長く感じた。
そしておそらく妻はそれ以上に永遠に感じたのだろうと思った。
いつになったら解放されるのか、まだ3時にならないのか。もう限界。
というようなやりとりがあった。
それを見てるだけでも、お産が大変だということが身に染みた。

3時になり、検査を行い。自然分娩は諦め緊急帝王切開に切り替え。
家族の口頭同意の儀式を行い手術室へ。
しばらくしたら手術室から誕生の声が聞けた。

「出てきた!やった!本当お疲れ様」
と思った。

しばらくしてまず赤ちゃんと対面し、その後頑張ってくれた妻とも対面。
そのとき言葉には表せない生命の誕生の尊さを感じたのを今でも覚えている。

一昔前なら母子ともに危ない状態でも心配はあったがそれでも大丈夫という安心のもとお産を終えられた。 医学の進歩にも救われた。

とりとめもないけど、
まずは生まれてきてありがとう
そして、10ヶ月以上耐えそして最後は大変な辛さの中頑張ってくれた妻にもありがとう。
医学の進歩と主治医にもありがとう。
他にも関わってよくしてくたみんなにありがとう。

そして、私はこれから一人増えた家族のためにも頑張って行きます。

ジョブチェンジして2ヶ月が経ちまして

年の瀬に入り新しい職場にもうそろそろ2ヶ月となります。 転職に至った経緯は下にまとめてあります

tadanonanika.hatenablog.com

環境が大きく変わったということもあり自分のメンタルなどもコロコロ変わったりしていてそれを日々なるべく客観的に見ることを心がけていたので
ジョブチェンジして2ヶ月の心境の変化を書いていきたいです。

入社1週間目

新しい気持ちで入社し、まだまだなれる段階でみんな優しい。
まだ社内のことがよくわからないので新しい情報を咀嚼するのに精一杯。
業務になれるためのドキュメントの読み漁りやいろいろな打ち合わせに出席。

入社2週間目

少しづつ役割を与えられ、会議のファシリテーションや議事録を通して
自身に関連する業務全体の掴みにかかる。 最初の自分の役割としての業務を引き継ぎにかかる。 新たなプロジェクトのプランニング担当をやるかどうか打診される。
当然二つ返事。少しづつ仕事している感覚で楽しくなってくる。

入社3-4週目

海外出張者の受け入れ業務など若干の雑務を依頼されるも
ここで受け入れ業務が思って以上の多岐に渡っており色々とびっくりする。
前職以上に仕事の振られ方が 雑 抽象的であることを再確認。
新たなリリースの緊急対応などで入社初めてのバタバタ。
エスカレーションする案件にてそのやり方がわからないことがあり時間が取られてしまったりなど、業務をするのに知識なども足らないなか進めることが多くなり少し気持ちはダウンしてくる。

入社 5-6週目

引き継いだ業務の責任者として本格的に振舞うことが多くなってくる。
判断を仰がれることが増えてくるが、自分ではまだわからないことが多く情報の調査などを収集して行うのだが時間がかかってしまい方々に迷惑をかけてしますことがあった。
自分の役割のロールにおいてオペレーションミスもあったりこのあたりで自分の仕事に自信がなくなることが多く前職のぬるい環境が懐かしく思うことが多くなる。
しかし、その中でも周囲のフォローや言葉なので救われたりした。

入社 7-8週目

前週のミスと(慣れ)から、周りをさらによく見ること。
周りにわからなかったら聞くことを強く意識して行動をする。
少しづつまわっていなかった業務も周り始める。
(仕事の概要を掴むためにやっていた)オペレーション業務の改善・効率化PJをリードとして始動し自身の余裕を作るべくと体制構築やポリシーの制定などを行う。
少しづつ何をしないといけないのか、どうやってやるのかが見えてくるようになる。
完全ではないが、自身が回復したりする。
若干の息切れを起こしながら年末年始休暇に突入。

感情の起伏

少し、だらだら書いてしまったが入社して2ヶ月の中でももともとないほうである感情の起伏がそこそこあり以下のような感じだった。

  1. キラキラ期 (1 week)
    • 入社ばっかりの気持ちで新しい環境と不安でいっぱい
  2. 頑張ろう期 ( 2 week)
    • 少し、業務が始まりやっていけそうで成果を出してやろうと意欲に満ち溢れている
  3. これでいいのかな期 ( 3-4 week)
    • 業務が本格的に始まってきてうまくいかないことなどネガティブなこともありやる気がからまわるなど、ちょっとづつ辛くなってくる
  4. 本当にこれでよかったのかな期 ( 5-6 week)
    • 業務上の失敗などで一気に自信が損失し、過去の会社の方がよかったのではないか残っていればよかったのではないかという気持ちが出てくる(でも、帰る場所はもうないんだよ)
  5. やっていけるかも期 (7-8 week)
    • うまく行かなかったことを反省し、混乱していた気持ちを落ち着け焦らずもう少し落ちつていこうという気持ちと一個づつ仕事をまわるようになってきてやっていけそうだなという気持ちになる。

転職してよかったか

今のところよかったと思える
うまく行かない時に前職を思い出すことや、戻りたいと思うことな無いかと言われればある。
それでも、残っていたら本当はどうだったのかであったり社内環境・給与・業務内容は今の方が良い。
また、自分の人生や家族のことを今以上に真剣に考えることになる。
というのも、これまでは会社に縛られ会社の枠内でしか動けないという見えない鎖があったが一度転職を経験することで自分の力で人生を切り開いていかなければならないという強い自覚、自由な選択肢があるのかという事実、自分でなんとかしないといけない自分の人生に対する責任などを再確認することになった。
それはこれからの長い人生を考えた場合、今このことを強く意識できたことはそれだけで転職してよかったと思える。

NTTを退職しました。

ついに来てしまった退職エントリ
人のをぼーっと見てるだけではと思ったので
自分でも書いてみる

私自身、NTT研究所と呼ばれるNTT持ち株会社に所属する研究員でした。
最近は一応武者修行ということで事業会社(東西とかドコモとかそういうところ)にいました。 そんな自分がなぜ辞めるのか頭の整理

なぜ辞めるのか

端的には二つのことから辞めるに至りました。

  • キャリアチェンジする基準を満たしたから
  • 違うキャリアの場合、他社の方が魅力的だから

ということです。
キャリアチェンジする基準は以下の二つを考えていました。

  1. アカデミアを目指せなくなった
  2. 研究者以外として一定の業績ができた

アカデミアを目指せなくなった

入社当時から、アカデミアを最終的に目指していることから商用化開発ではなく。
なるべく論文がかける研究よりのところを志望しておりました(細かい分野は割愛)。
内定時も研究能力を期待しているから、研究をしてほしいと言われていた
しかし、初期配属はガチガチの政府系システム開発のチームで、希望と1ミリもかすってないところでした。
まぁ、別に初期配属ガチャでカスを引いただけと考え意思を上に伝えながら3年間開発マネジメントを中心に様々学びました。
その間にも部署の解体を2回経験しその度にコア研究チームかと思ったが毎回開発チーム
このへんで薄々「アカデミックへの道は険しいな、別のことも考えないと」と思っておりました。
その間に行きたい部署へのロビー活動をしたりしていいとこまでいったところでいわゆる事業部門への異動がありました。
人事曰く「これを乗り越えれば次は前から希望していた研究できる部署にいけるよ」とのこと。
事業会社で2年強過ごし次にある程度希望を聞いてくれるなど配慮していただける人事を打診されました。
しかし、この時すでに「今から新たな分野の研究に挑戦しキャッチアップし、先を拓くにはキャリア的に無理がある」
と考えるに至りました。
そしてこの時に、今からアカデミアに行くという道はかなり険しすぎると考えたのです。
また、研究所においても実際に研究できる人や時間はひと握りの恵まれた人たちだけのものという実態も
かなり実感と経験としてあったので今後の人生をかけるにはリスクが高すぎると判断しました。

研究者以外として一定の業績ができた

研究所でありながら、研究以外のことに色々手を出していたこともあり
開発マネジメントやデザイン思考、イベント運営など色々な経験できたました。
そして事業では実際のサービスオーナグループにおいてサービス運営に関する様々な経験をすることができました。
サービス企画・プレスリリース
大規模実証実験の企画・遂行や開発チームのリーダーなどなど事業推進者としてそこそこの経験と成果を残すことができたのです。
この時点で事業推進者としてさらにキャリアを高めて行くという方向性が強くなってきました。

違うキャリアの場合、他社の方が魅力的だから

私の置かれた状況では、NTTグループ内で事業推進者として活躍を目指すということが有力な選択肢だと思います。
しかし、私の興味志向がWebサービスの要素を多分に含みNTT特有の計画経済ではことが進まない分野だったのです。
その志向の違いは意思決定構造・スピードや社内文化、社内環境などかなりWebサービスでスタンダードな考え方と
NTTとは違う要素が多くNTTでは今後この分野で成果をあげて行くにはあまりにも困難だと考えました。
私はあくまでも「意思決定が遅いのであったり、社内開発環境の制約が厳しい」ことが悪いことだとは思いません。
インフラやとして社会に果たすべき役割を考えたらその構造であることは理解できます。
ただ、webサービス業界のような変化が激しく一瞬で市場が蒸発したり淘汰される世界には対応できない。
とは考えております。
運よくオファーをもらった会社ではそのようなことへ対応できる環境があるように思えますし、その実績もあります。 全く正反対の環境であるがこれからのキャリアを考えた場合多くの経験と実績が必要になると考え次の会社に
移ることにしました。

他の理由

他にも色々な複合的な理由はありました。
かなりオトナ語に変換しますが

  • 給与水準が(求められるスキルの割に)あまり高く無い
  • 新規サービス/事業が軽んじられた評価体制
  • 技術を軽視する環境で有能なエンジニアがどんどん辞めてしまっている
  • 異動に伴い転居が発生するがそれを受容できるライフスタイルでは無い

次はどんなことをするのか

次の会社はWebサービス系の会社となります。
会社規模はそれなりに大きく、コミュニケーション事業やAIプラットフォーム事業、決済事業などなど手広く行なっております。
その中で私はAIプラットフォーム事業でテクノロジーの側面から事業を推進するポジションとのことです。

NTT(研究所)に対して思うところ

NTTの研究所は優秀な人たちが非常に多くおり
仕事の難易度も高いものも多くてそれなりに楽しかったです。
辛いこともたくさんありました
しかし、今の世の中では中央研究所モデルは困難なことが多くありすぎているように思えます。
研究内容・分野によって違いますが現在、NTTは法律により事業会社を分社化されそれの"基盤的"研究開発を
行うことがミッションでありながらその基盤とは2社以上の事業会社に利用されることになっており
サービス系の研究においては研究をやりにくくしてしまっているように感じました。
サービスというある程度目的ドリブンの研究開発において"2社以上"となるとある程度、似た目的を持ったサービスを
2社以上検討していることが求められさらに研究成果を事業に転化するには長い(社内調整)期間が必要になってしまいます。
そのため、基礎研究のように事業応用が強く期待されていない分野であったり
ネットワーク研究のような制御可能な計画経済としての応用研究や事業会社との長期的パートナーシップを持った研究以外は
かなりハードルが高いように感じました。そして、それを越えるためにパワーポイントを多用した長い長い社内調整政治が必要になってきてしまいます。
しかし、社会人生活をスタートする上で様々なことを学ばさせていただけれました。
ただやはり、内定時の殺し文句を反故にした配属は今後の不幸の再生産をしないためにもやって欲しくないです。

Cairns旅行(準備編)

ちょっと遅い夏休みということで一人Cairnsに旅行行って来ました。
そこでちょっとだけ旅のまとめ。

旅の前準備

何気に一人海外は何回かあるのですが初めてだときっと数週間前から荷物のパッキングをするのかな
と思ったりします。

持ち物

この中からいくつか気になったのをPick Up

ETA

勝手にVISA無しだと思っていのですが、オーストラリア入国にはETAというものが必要でした。
オーストラリア 政府のサイトからもできる様ですが、代行業者に頼んだ方が安いということがあるみたいです。
ちなみに自分は下記のサイトから840円で取得しました。
ETAS|イータス等海外ビザ申請代行【株式会社ビューグラント】

日焼け止め&サングラス

ケアンズはめちゃめちゃ紫外線強い(みたいです)
もともと肌は強い方なのでよくわからなかったですが
目に関してはサングラス無しでは私はとてもきつかったです。

スリッパ

飛行機の中やホテル(私はMOTELでしたが)で使います。
無いと窮屈な足で寝ないといけなかったり、ホテル客室に無い場合があります。

クレジットカード(デビットカード)

ハワイだとJCBなど使えると思いますが、ケアンズは思ったよりJCBは使えないです。
見た感じMasterかVISAが多い様です。
クレジットカードとかだと付帯の保険などもあるのであると便利だと思います。
現地で必要な現金を現地のATMで調達するとレートがいいらしいです。

電源の変換プラグ

オーストラリア は0型というハの字のプラグなので日本から充電器など持ってく時は
それを変換できるアダプタが必要です。

ちなみにオーストラリア は220Vが定格電圧なので
100Vのみに対応している日本の電化製品使う場合は変圧器も必要になります。
しかし、最近の電化製品は日本で売られていても220Vに対応していたりするので
電化製品を持っていく場合は一度確認してみるといいかと思います。
ちなみに私が持っていったUSB充電機などは220V対応しておりました。

服

ケアンズの季節にもよりますが、男性ならば半袖半ズボンでいいと思います。
朝晩に冷え込むことや山の中にいったりする時の羽織用パーカなどもあるといいでしょう。
また、ホテルにはパジャマなども無いのでパジャマようの装いも必要です。
あって便利だったものはラッシュガードです。
ちょっと海に出たりした時に羽織ったり、UVカットの効果もあります。

アクティビティ予約

ケアンズは街自体も大きくなく、アクティビティがメインになるかなと思います。
私は、時々海外行くときに使うVeltraを使っております。(ポイントとかもあったので)
旅行会社によったらオプションツアーであったり、他にもアクティビティの仲介業者を使うのもいいかもしれません。

www.veltra.com

ちなみに私は

  • キュランダ
  • 4WDでの森散策
  • ミカエルマスケイへのクルーズ&ダイビング
  • スカイダイビング
    をしました。

現地についたら

現金の確保

私の場合はSONY Bankに豪ドルの預金があったのでそれを使いたいという事情がありました。
他に使う機会が無いので
そこで、空港の到着ロビーにあるATMで豪ドルを引き出し現地で現金調達することとしました。
ちなみに、現地ではかなりカードで払えるので100豪ドルあれば十分かなという感覚です。

moneykit.net

通信環境

旅行先の通信環境は結構大事です。
私は、日本国内にいる間にSIMロックを解除して現地のSIMカードを刺しました。
Optusの5日間5GBで10$プランを使いました。
下のサイトに詳しいです。
greenisland-cairns.com 設定はケアンズ空港で到着ロビー内にOptusのカウンターがあり
そこにいるスタッフにSIMカード欲しいといえば買えます。
親切にも設定までしてくれるので絶対にSIMフリーの携帯を持っていたら
現地SIMを使うのがいいと思います。

ケアンズ空港と市街地との移動

旅行会社によっては、送迎がついていたりオプションになっていたりすると思います。
送迎がついていたらいいのですが、もしオプションでそこそこ高いならばタクシーで移動すると便利です。
タクシーでケアンズ市街と空港は時間で10分ぐらいの距離でだいたい20-25豪ドルの料金になります。
これが2人以上になれば割り算でできるのでかなり安いかなと思います。
一人でも旅行会社オプションより安い感覚でした。
ちなみに市街地から空港に来るときは流しのタクシーはほとんどいないので
ホテルのフロントで読んでもらうのがいいと思います。